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横浜地方裁判所 平成2年(行ウ)9号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は茅ヶ崎市に対し、金一四九〇万円及びこれに対する平成元年一一月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも茅ヶ崎市の住民であり、被告は、昭和五八年四月二八日から茅ヶ崎市長の職にある。

2  茅ヶ崎市は、昭和六一年三月二六日、日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という。)から、茅ヶ崎市元町五六七二番三所在の宅地四〇六・八九平方メートルのうち三九二・二四平方メートル(以下「本件土地(一)」という。)及び同町五六七二番四所在の宅地五八・五〇平方メートル(以下「本件土地(二)」という。)を、その用途を茅ヶ崎市の交番及び多目的ホールの敷地とし、引き渡しを受けた日から三年以内に、右用途に供するための工事を完了して、以後一〇年間右指定用途に供することとし、茅ヶ崎市が本件土地(一)・(二)を指定用途以外の目的に供したとき又は指定期間内に第三者に譲渡したときは、旧国鉄は売買契約を解除することができ、契約が解除された場合は、茅ヶ崎市は旧国鉄に対して、売買代金の一〇分の一相当額を違約金として支払う、という条件の下、売買代金四億九五八一万四〇〇〇円で買い受けた。

3  茅ヶ崎市は、右売買契約に基づいて、昭和六一年三月二八日、本件土地(一)・(二)につき所有権移転登記手続を受けたが、同年八月二二日、本件土地(一)を有限会社長谷川書店(以下「長谷川書店」という。)外二名に売却し、同月二六日、所有権移転登記手続を経由した。

4(一)  昭和六一年法律第八七号日本国有鉄道改革法によって旧国鉄から事務を承継した日本国有鉄道清算事業団(以下「国鉄清算事業団」という。)は、茅ヶ崎市に対して、昭和六二年一〇月八日、債務不履行を理由として本件売買契約を解除し、同年一二月八日、契約解除に基づいて本件土地(一)・(二)についての所有権移転登記手続の抹消登記手続及び約定違約金四九五八万一四〇〇円の支払いを求める訴えを横浜地方裁判所に提起した。

(二)  茅ヶ崎市は国鉄清算事業団との間において、平成元年八月五日、前記長谷川書店外二名を利害関係人として参加させた上、茅ヶ崎市及び利害関係人らの本件土地(一)・(二)の持ち分が各二分の一となるように処置することなどの外、芽ヶ崎市は右事業団に対して一四九〇万円を同年一二月末日までに支払う旨を内容とする訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)をしたが、本件和解は本件土地の売買契約に付帯する条件違反に基づく違約金の支払いを目的としたものであり、これによって茅ヶ崎市は右事業団に対し、同年一一月七日、右金額全部を支払った。

5  茅ヶ崎市長である被告は、かねてより旧国鉄に対して、本件土地(一)・(二)を交番及び多目的ホール建設のための公共用地として譲渡するように要請し、前記条件の下に廉価でその譲渡を受けたのに、売買契約五か月後に右条件を十分知りながら、本件土地(一)を前記長谷川書店外二名に転売したのであり、しかも、被告は、地方自治法に違反して、本件土地売買契約及び右転売契約について、その代金の支払い及び収受の予算措置を講じていないから、本件土地(一)・(二)の取得及び処分について茅ヶ崎市議会の決議もなされておらず、予算及び決算もなされていない。

6  このように、被告は、故意又は過失により、茅ヶ崎市に対して一四九〇万円の支払いを余儀なくさせて、同額の損害を与えた。

7  茅ヶ崎市は被告に対して、右損害賠償請求を怠っている。

8  原告らは、茅ヶ崎市監査委員会に対して、平成二年三月二三日、被告の本件不法行為について損害賠償請求をするなどの適切な措置をするよう求めて、地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求をなしたが、同監査委員会は、同年五月一九日、原告らの請求を棄却する旨の通知をした。

よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて、茅ヶ崎市に代位して、被告に対して、不法行為に基づく損害賠償金一四九〇万円及びこれに対する損害発生の日である平成元年一一月七日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

1  財務会計上の行為の不存在

本件は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟であるから、被告が財務会計上の行為をしていることが前提となるところ、本件土地(一)・(二)を旧国鉄から取得したのは茅ヶ崎市土地開発公社であって、茅ヶ崎市ではないから、同市の市長である被告は、なんら財務会計上の行為をしていない。

つまり、茅ヶ崎市は茅ヶ崎市土地開発公社に対して、本件土地(一)・(二)が茅ヶ崎市にとって将来必要になるのであらかじめ取得するように要請し、同公社はこれに応じて旧国鉄から本件土地(一)・(二)を買い受けたのであって、同公社は茅ヶ崎市のために先行取得したことになるのであるから、茅ヶ崎市が改めて同公社との間で売買契約を締結して買い取るまでは同公社の所有であるところ、茅ヶ崎市は同公社からこれを買い取っていないから、茅ヶ崎市の市長である被告は本件土地(一)・(二)について、なんら財務会計上の行為をする余地はない。なお、同公社は、旧国鉄との間で本件土地(一)・(二)の売買契約を締結した際、茅ヶ崎市代理人の肩書を使用したが、これは、売り主である旧国鉄の担当者からの要望によりなされたのであり、同公社は従前から茅ヶ崎市のために土地を先行取得する際に「茅ヶ崎市代行買収者」という表示をしていたため、本件においてもその旨を表示したに過ぎない。更に、本件土地(一)・(二)について、旧国鉄から茅ヶ崎市に対して所有権移転登記手続がなされているが、これは、同公社が先行取得した土地については、従前から登記名義を茅ヶ崎市としていたという取り扱いに従っただけである。

2  住民監査請求の不存在

仮に、被告が原告ら主張の財務会計上の行為をなしたとしても、原告らは、本件について適式の住民監査請求を経ていない。

すなわち、原告らは、平成二年三月二三日に住民監査請求をしているが、それは昭和六一年八月二二日になされた本件土地(一)の転売行為が違法であるとしてなしたものであるから、地方自治法二四二条二項所定の当該行為である本件土地(一)の転売行為から一年を経過した後になされたことになり、明らかに期間を徒過している。

つまり、地方自治法二四二条及び同条の二の規定によれば、住民監査請求はその対象とされる各財務会計上の行為ごとにその期間遵守の有無を判断すべきであるから、地方自治法二四二条一項所定の「違法若しくは不当な財産の処分」あるいは「違法若しくは不当な債務その他の義務の負担」がなされ、これに基づく公金の支出がされた場合には、「違法若しくは不当な財産の処分」あるいは「違法若しくは不当な債務その他の義務の負担」については当該行為から、公金支出についてはその支出日から、それぞれ住民監査請求の期間を起算すべきであるところ、本件においては、被告は本件土地(一)の転売行為の違法のみを主張しているから、その転売行為時から住民監査請求の期間を起算すべきであって、被告の茅ヶ崎市に対する損害賠償義務が確定し、同市に損害を与えたのは、本件和解又はこれに基づく公金支出がなされた時であるとして、右公金支出日から住民監査請求の期間を起算することはできないのである。

また、本件土地(一)・(二)の売買契約の違約金支払い約定に基づく違約金支払い義務は、本件土地(一)の転売行為により、旧国鉄による契約解除を停止条件として発生するから、右転売行為の時から住民監査請求の期間が起算されることになるのであって、この点は、右違約金支払い義務が停止条件付きであっても、地方自治法二四二条二項が住民監査請求期間の起算日を、損害発生の原因となる行為を普通地方公共団体の機関又は職員がなした日から起算すべきと規定し、損害が発生した日から起算すべきものとしていないことからも明らかである。しかも旧国鉄の承継人である国鉄清算事業団は茅ヶ崎市に対して、昭和六二年一〇月七日付けで契約解除の通知をなし、同月八日に同通知は茅ヶ崎市に到達しているから、遅くとも、同日から住民監査請求の期間を起算すべきである。なお、右のように解した場合でも、国鉄清算事業団の解除通知によって生じた違約金支払い義務は、その後の約定、判決及び和解等により現実に支払う賠償額が変動する可能性はあるが、これは、住民監査請求の期間の起算日とは直接関係はなく、せいぜい期間徒過の「正当な理由」の有無判断で考慮される一事情に過ぎず、本件においては、平成元年八月一五日に成立した訴訟上の和解後に、七か月以上経過後になされた住民監査請求は相当な期間内になされたものとはいえないから、「正当な理由」があるともいえない。

更に、本件土地(一)の転売行為は秘密裡になされたものではなく、転売行為後である昭和六一年一〇月から一二月にかけて茅ヶ崎市議会で質疑され、その経過は昭和六二年一月三一日発行の「市議会だより」に掲載されて市民に配布され、その後も国鉄清算事業団からの本件土地(一)・(二)の所有権移転登記手続の抹消登記手続及び違約金請求の訴え提起やその後の本件和解の成立等について新聞報道がされた外、これについての茅ヶ崎市の公報もなされたから、遅くとも平成元年九月ころには、原告らは茅ヶ崎市が和解金一九四〇万円を同事業団に支払うことになったことを知り得たのであって、原告らには、右の期間徒過について地方自治法二四二条二項所定の「正当な理由」もない。

そして、原告らがなした右住民監査請求は、茅ヶ崎市が国鉄清算事業団に対して一四九〇万円の和解金を支払ったのは、本件土地(一)・(二)について茅ヶ崎市と旧国鉄との間で締結した売買契約に違約したためであるから、その支出は違法不当な公金支出であって、茅ヶ崎市長である被告は個人として補填すべきであるので、必要な措置を取るように請求するという内容であり、茅ヶ崎市が被告に対して有している損害賠償請求権の行使を怠っているとして、その措置を求めるというものではないから、地方自治法二四二条二項所定の期間制限を受けない、怠る事実に係わる住民監査請求ではないので、右のとおりの期間制限を受けることになる。

仮に、原告らのなした住民監査請求が茅ヶ崎市が被告に対する損害賠償請求権の行使を怠っていること、すなわち怠る事実に係わるものであるとしても、原告らは右請求権の発生原因として本件土地(一)の転売行為の違法を主張しているのであるから、このような場合には、地方自治法二四二条二項は怠る事実に係わる請求権の発生原因たる行為のあった日を基準として期間制限していると解すべきであり、これによれば、本件においては、転売行為がなされた昭和六一年八月二二日から期間計算すべきであるから、結局、本件住民監査請求は期間徒過しており、不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  本件土地(一)・(二)の売買契約を締結し、売買代金を支出したのが、茅ヶ崎市土地開発公社であり、同公社が本件土地(一)の転売行為をなしたとしても、これは茅ヶ崎市と同公社との内部関係に過ぎず、しかも同公社がこれを担当したのは、茅ヶ崎市の要請、委託ないし指示に基づくものであって、同公社は、同市のための先行取得として本件土地(一)・(二)の売買契約をなし、これを転売したのであるから、同公社は茅ヶ崎市に本件土地(一)・(二)の所有権を帰属せしめる意思で売買契約を締結し、これを転売したことになるのであり、結局、茅ヶ崎市が売買契約者である。

また、公金の支出や財産の取得、管理及び処分等の財務会計上の行為又は事実は、それが全く個人的動機等のためになされたような例外的場合を除いて、通常は地方行政目的のために行われるのであり、両者は密接に関連するから、行政上の目的にのみ着目して財務会計上の行為該当性を否定することはできないというべきである。

2  本件監査請求の趣旨は、茅ヶ崎市長である被告がその任務に背き、故意又は過失により、茅ヶ崎市に対して損害を被らせ、同市に対して損害賠償義務を負うところ、同市はその請求を怠っているので、損害賠償請求等の適切な措置をすることを求めるというものであり、茅ヶ崎市の財産管理を怠る事実に係わるものであるから、地方自治法二四二条二項の期間制限の規定の適用はない。

なお、本件土地(一)の転売行為がなされた時点では、茅ヶ崎市は抽象的な違約金支払い義務を負担しているに過ぎず、このような段階では、茅ヶ崎市の住民である原告らとしては、その確定的回復措置を取る手段はないのであるから、転売行為時をもって住民監査請求の起算点とすることはできない。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1は認める。

2 同2は否認する。本件土地(一)・(二)の売買契約の当事者は旧国鉄と茅ヶ崎市土地開発公社であり、右当事者間で、請求原因2記載の内容の契約が締結されたことは認めるが、同記載の指定用途及び転売禁止条項は法的拘束力のないものとするとの合意があった。

3 同3のうち、本件土地(一)・(二)について、昭和六一年三月二八日に茅ヶ崎市名義の所有権移転登記手続がされたことは認め、その余は否認する。本件土地(一)を、昭和六一年八月二二日に長谷川書店外二名に売却し、同月二六日にその所有権移転登記手続を経由したのは茅ヶ崎市土地開発公社である。

4 同4(一)は認める。同4(二)のうち、茅ヶ崎市と国鉄清算事業団との間で、同記載の参加人を含めて本件和解が成立したことは認め、それが本件土地(一)・(二)についての売買契約に付帯する条件違反による違約金支払いの和解であることは否認する。

5 同5のうち、本件土地(一)・(二)の取得及び処分について茅ヶ崎市議会の決議はなされず、予算及び決算もなされていないことは認め、その余は否認する。

6 同6は否認する。

7 同7のうち、茅ヶ崎市が被告に対して、本件土地(一)・(二)に関して損害賠償請求をしていないことは認める。

8 同8は認める。

(被告の主張)

1 茅ヶ崎市の国鉄清算事業団に対する一四九〇万円の本件違約金支払い義務は本件和解により発生したものである。すなわち、まず、仮に茅ヶ崎市が本件土地(一)・(二)を旧国鉄から取得したとしても、その売買契約の際、旧国鉄からの要請により指定用途、指定期間内の転売禁止等の条項を入れたのは、契約書上の文言だけのことで、なんら法的拘束力を有するものではないとの了解の下でなされたのであり、右条項に反したからといって茅ヶ崎市に違約金支払い義務が生じる余地はないのである。

また、普通地方公共団体である茅ヶ崎市が債務負担行為をするには、地方自治法二一四条により予算の議決を経ねばならず、これに反した場合は当該行為は無効となるところ、茅ヶ崎市は本件土地(一)・(二)の売買契約を締結する際、予算措置を講じていないから、本件売買契約は地方自治法二一四条に違反し無効であり、しかも旧国鉄は、本件土地(一)・(二)の売買契約を締結する際、茅ヶ崎市が予算措置を講じていないことを認識していたから、約定違約金の外に茅ヶ崎市に対して損害賠償請求はできないばかりか、本件土地(一)を時価で売却しているから、本件転売により損害を生じていないのであって、結局、茅ヶ崎市は旧国鉄に対して、約定違約金支払い義務を負担しておらず、旧国鉄に損害も生じていないから、本件における一四九〇万円の支払い義務は本件和解により生じたものであるというべきであり、本件土地(一)の転売行為により生じたものではないのである。

2 本件和解により茅ヶ崎市になんら損害は発生していない。

茅ヶ崎市が、国鉄清算事業団から本件土地(一)の転売契約について提訴され、本件和解をしたのは、当時、同事業団から別に用地を取得する問題があり、本件を早期に解決する必要があったからであり、しかも和解内容も本件土地(一)のうち三四八・三九平方メートルの共有持ち分二分の一を、昭和六一年の価格で取得でき、地価高騰中の当時としては、本件和解金を支払っても茅ヶ崎市にとって財産上利益があっただけでなく、その結果、茅ヶ崎駅前に公共施設を設置できるという有利なものであったからであり、これについては市議会の議決を経ており、茅ヶ崎市になんら損害が生じていない。

3 本件土地(一)の転売行為について、被告にはなんら故意又は過失はない。

被告が、本件土地(一)・(二)の売買契約の締結に関して担当職員から受けた報告は、売買契約に指定用途が定められていても、これは形式的なものであり、本件土地(一)・(二)を茅ヶ崎駅前の再開発事業の代替用地に供し得るというもので、また指定期間内の転売禁止及び違約金支払い条項等については、全く報告を受けていないのであって、しかも本件転売行為については、本件土地(一)・(二)の取得について旧国鉄と協議していた職員から進言され、その検討会議においても、契約上の疑義は全く出されなかったのであるから、本件は、行政庁が組織として活動した際に生じたもので、いわゆる組織ミスであって、担当補助職員の報告等を信頼した被告には、故意又は過失はない。

五  被告の主張に対する反論

1  本件和解金一四九〇万円の支払い義務は、本件土地(一)・(二)の売買契約に付帯する転売禁止等の約定に違反したことに基づくのであり、それゆえ国鉄清算事業団から提訴され、和解に至ったのであって、本件和解そのものによって生じたものではない。

2  被告は、本件土地(一)・(二)の売買契約締結の際、担当補助職員の説明を信頼したから故意又は過失はないと主張するが、担当補助職員が使用用途及び転売禁止条項等の説明をしなかったとは考えられず、茅ヶ崎市の市長である被告が、売買契約書上に記載されている右条項等が法的拘束力のないものと信じたなどということはあり得ない。

第三  証拠(省略)

理由

一  原告は、旧国鉄が昭和六一年に茅ヶ崎市に対して本件土地(一)・(二)を売却する際、用途制限及び転売禁止特約を付した売買契約を締結したのに、同市の市長である被告はこれに反して転売行為をしたため、茅ヶ崎市が違約金支払い義務を負担し、和解金として一四九〇万円を支払うに至ったのであり、これは被告が茅ヶ崎市長として違法な財務会計上の行為をして茅ヶ崎市に対して同額の損害を及ぼしたものであるから、地方自治法二四二条の二第一項四号により茅ヶ崎市に代位して本件訴えを提起すると主張しているところ、原告らが、いずれも茅ヶ崎市の住民であって、被告が、昭和五八年四月二八日から茅ヶ崎市長の職にあることについては当事者間に争いがないが、被告は、右売買契約は、旧国鉄と茅ヶ崎市との間で締結されたのではなく、旧国鉄と茅ヶ崎市土地開発公社との間で締結されたのであり、転売したのも同公社であるとして、被告の財務会計上の行為を否認しているので、まず、本件土地(一)・(二)の売買契約が旧国鉄とだれとの間で締結されたのかを検討する。

1  本件土地(一)・(二)について、昭和六一年三月二八日茅ヶ崎市名義の所有権移転登記手続がなされたこと、国鉄清算事業団が、茅ヶ崎市に対して、昭和六二年一〇月八日に債務不履行を理由として本件売買契約を解除し、同年一二月八日には茅ヶ崎市に対して、本件土地(一)・(二)について、契約解除に基づく土地所有権移転登記手続の抹消登記手続及び約定違約金四九五八万一四〇〇円の支払いを求める訴えを提起し、その後、茅ヶ崎市との間で、平成元年八月五日、長谷川書店外二名を利害関係人として参加させた上、本件和解が成立したことは当事者間に争いがなく、これに、成立に争いのない甲二ないし一四号証、乙一ないし九号証、一〇号証の二、五(甲二ないし一〇号証については、原本の存在とも争いがない。)、証人小室昭三の証言及びこれにより成立が認められる乙一〇号証の三、四、証人村田秀作、同太田功及び同丸茂一雄の各証言によれば、茅ヶ崎市は、昭和五八年一〇月ころ、旧国鉄から本件土地(一)・(二)を含む茅ヶ崎駅周辺の旧国鉄所有地の買い取りの要請を受け、検討した結果、これを買い取って茅ヶ崎駅周辺の再開発事業用地とすることとし、双方の担当者間において、何回かの交渉を経て、茅ヶ崎市から右土地を公共事業用地として譲渡して欲しい旨の申請書が提出されるなどした後、旧国鉄が本件土地(一)・(二)を売買代金四億九五八一万四〇〇〇円で売却する旨の合意ができ、昭和六一年三月二六日付け売買契約書を作成する運びに至ったこと、そこで茅ヶ崎市は、茅ヶ崎市土地開発公社に対し、本件土地(一)・(二)の先行取得を依頼し、その旨旧国鉄の担当者に申し述べたが、旧国鉄担当者と同公社職員との間に作成された右契約書には、茅ヶ崎市が買い主で、茅ヶ崎市土地開発公社はその代理人として記載されていること、その後、本件土地(一)・(二)について、同日付け売買契約を原因として旧国鉄から茅ヶ崎市に対し、同月二八日付けで所有権移転登記手続がなされたこと、しかし、その後、茅ヶ崎市から長谷川書店外二名に本件土地(一)の所有権移転登記手続がなされたため、国鉄清算事業団は茅ヶ崎市に対して、昭和六二年一〇月八日、内容証明郵便をもって、転売禁止条項等に違反することを理由に、本件土地(一)・(二)の売買契約を解除する旨の通知をしたこと、これに対して茅ヶ崎市は、同市が売買契約の買い主であることは否定しなかったが、転売禁止条項等に違反していない旨の回答をしたこと、国鉄清算事業団は茅ヶ崎市に対して、同年一二月八日、契約解除に基づき、本件土地(一)・(二)の土地所有権移転登記手続の抹消登記手続及び約定違約金四九五八万一四〇〇円の支払いを求める訴えを当庁に提起し、茅ヶ崎市は、本件土地(一)・(二)の売買契約が旧国鉄と茅ヶ崎市間で締結されたことを認めるが、契約違反行為はなかった旨を内容とする答弁書を提出したこと、また本件土地(一)の転売問題が明るみに出て、市議会等で質疑された際も、茅ヶ崎市長である被告及び市の担当者は、本件土地(一)を茅ヶ崎駅前の再開発事業の代替地として利用するのであるから、公共のために利用することになるので、国鉄清算事業団の理解を得て円満解決したい旨答弁及び説明をなし、これが茅ヶ崎市と同清算事業団の問題である旨の発言を繰り返していたことが認められる。また、旧国鉄の担当者である丸茂一雄証人は、茅ヶ崎市土地開発公社は茅ヶ崎市の代理人であり、実質上の買い主は茅ヶ崎市であると認識していた旨証言していることが認められる。

2  右によれば、本件売買契約は、旧国鉄と茅ヶ崎市との間で締結されたかのようである。

そして、右の各事実のうち、最も重視されるべきは、いうまでもなく売買契約書の記載である。けだし、巷間私人の作成した売買契約書ならばいざしらず、いやしくも片や旧国鉄という公共事業体と片や土地開発公社とが意思表示の当事者となって作成した売買契約書であってみれば、その記載を額面どおりに受け取ることが真実に合致すると考えるのが、健全な常識であると思料されるからである。そして今右売買契約書を文字どおりに読めば、買い主は茅ヶ崎市であることが一目瞭然である。しかし、被告はこれを争い、かつ本件土地(一)・(二)の取得及び処分について茅ヶ崎市議会の決議はなされず、予算及び決算もなされていないことが当事者間に争いのない事実であるという、右記載にそぐわない事情も存在するので、以下本件売買契約書が作成されるに至った経過を中心に検討し、果たして売買契約書の記載を額面どおりに受け取ってはならない事情が存在したかを吟味することとする。

以上認定の各事実及び争いのない事実に、前記甲二、五、八、九号証、乙一〇号証の二ないし六、成立に争いのない乙一一号証の七、前記証人小室昭三の証言及びこれにより成立が認められる乙一一号証の二ないし五、前記証人村田秀作、同丸茂一雄及び同太田功の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  旧国鉄東京南鉄道管理局は国鉄再建計画に伴い、遊休地の売却政策を取っていたが、同局長は昭和五八年一二月二八日、茅ヶ崎市長に対し「茅ヶ崎駅構内北口付近警察官派出所の設置について(東京南事管第二五三号)」と題する書簡を送り、「かねてから茅ヶ崎駅北口付近用地の将来計画を含めご協議させていただいておりますが、このたび別図桃色部分を駅改良工事竣工後貴市において買い受けること並びに同区域の一部に警察官派出所の設置について貴市の同意を得たく照会いたします」と本件土地(一)(別紙図面の赤線で囲む範囲の土地)、本件土地(二)(別紙図面の青線で囲む範囲の土地)、茅ヶ崎市元町五六七二番五雑種地三・五八平方メートル、同番六雑種地七・六一平方メートル、同番七雑種地四・一九平方メートル(以上別紙図面の橙色線で囲む範囲の土地、以下「本件土地(四)」という。)及び同番九宅地一四・六五平方メートル(別紙図面斜線部分の土地、以下「本件土地(三)」という。)(以下本件土地(一)ないし(四)を総称して「本件国鉄用地」という。)からなる一団の土地の売却方を申し入れた。

茅ヶ崎市では、都市整備部内で検討した上、同部駅前再開発担当主幹村田秀作外一名が東京南鉄道管理局事業部を訪れて買い受けの協議をし、本件国鉄用地を駅前再開発の代替地として使う考えを表明した。これに対し同局事業部の担当者は、譲渡申請書には都市計画に関係する事項を利用目的として記載して欲しいと応じたので、村田は都市計画事業に関係する代替地であればよいものと理解し、その旨都市整備部長に報告した。

(二)  村田は、昭和六〇年一〇月ころ、右協議に基づき部内で検討して作成した、茅ヶ崎市長から東京南鉄道管理局長宛の「鉄道用地の譲渡について」と題する申請書案を東京南鉄道管理局に持参した。右申請書案には「本市の重要事業であります茅ヶ崎駅南口の再開発事業も再開発ビルの工事着工いたし、駅前広場も昭和六二年一二月完成を目処に作業を進めております。しかし、未だ広場内に未解決用地が残されており、早期解決に努めているものであります。また、北口整備につきましては、現在計画案の検討をしているところであります。これらの事業用地に充てたいため別添の貴所有地を譲渡していただきたく特段のご配慮をお願いいたします。

1  北口用地 利用目的 再開発事業用地 云々」と記載されていた。

これに対して同局事業部の担当者は、本件国鉄用地は急いで売却したいが、再開発事業では同局内の他部との協議が必要になるので、再開発事業以外の都市計面事業に関係する利用目的で申請して欲しいと注文した。

(三) 村田は右申請書案を持ち帰り、東京南鉄道管理局の希望に添うよう部内で検討した結果、文案を「本市の北口駅周辺整備につきましては、現在整備推進を図っているものであります。これらの事業用地に充てたいため、別添の貴所有地(昭和五八年一二月二八日付け、東京南事管二五三号の照会、昭和五九年一月九日付け、五八茅駅二三号で回答した用地)を譲渡していただきたく申請いたします。」と訂正して、利用目的を駅周辺整備事業とし、本件国鉄用地上に商業ビルを建設するように添付書類を備えた申請書を作成し、同局に提出した。

ところが、同局事業部の担当者は、商業ビルは駅ビルとの関係上具合が悪いので、内部決裁がおりやすいように、例えば集会所などの公共施設として文書の形式を整えて欲しいと再度要望し、利用目的は形式的なものだから、内部手続きが通りやすいもので出して欲しい旨表明した。

(四) そこで村田は、同局事業部の意を酌んで、利用目的を「交番及び多目的ホール」と表示し、「この計画の公共事業用地として使用するため、別添の貴所有地を譲渡していただきたく申請いたします。なお、誠に勝手とは存じますが、予算の関係上昭和六〇年度は四五〇平方メートル程度にしていただき、残地及び歩道敷き部分は昭和六一年度早々に買い受けいたしたく、云々」と書き添え、添付図面は従前と同じもので、店舗の表示を展示室とするなど部屋の名称だけを変えた申請書を作成し、これを昭和六〇年一一月二六日、同局事業部に提出した。なお、契約を二回に分けたのは、旧国鉄の内部処理を東京南鉄道管理局だけでするために、同局の決裁可能な売却金額である五億円の範囲内に押さえて欲しいと言われたため、いったん提出した右申請書を後日差し替えたためである。

(五) その結果、売り主(甲)国鉄東京南鉄道管理局長、買い主(乙)茅ヶ崎市長代理人茅ヶ崎市土地開発公社理事長の名義で昭和六一年三月二六日付けの本件土地(一)・(二)の売買契約書及び同年七月一四日付けの本件土地(三)・(四)の売買契約書が、二回にわたりそれぞれ作成された。

なお、本件国鉄用地のうち本件土地(二)は交番の敷地であり、本件土地(一)は事実上も袋地であるが、右各土地の契約書では、用途指定として乙は売買物件を交番、多目的ホール敷地に供すること(七条)、引き渡しの日から三年を越えない日までに工事を完了し、以後一〇年間指定用途に供すること(八、九条)などの記載があるのに対して、本件土地(三)は本件土地(一)の出入り口に当たり、両土地を一体化しなければ多目的ホールの建築はできないのに、本件土地(三)・(四)の契約書には右用途指定に関する記載がないのであるが、村田は、東京南鉄道管理局の担当者に本件国鉄用地の代替地としての利用目的を文書で確認するよう要望していたため、二回目の本件土地(三)・(四)の契約書の記載事項を見て、一回目の本件土地(一)・(二)の契約書の用途指定の定めが形式的なものであることが、ここで確認されたと理解した。

また、村田は一回目の契約書作成の前に、茅ヶ崎市土地開発公社が買い受け人になると説明したところ、肩書を茅ヶ崎市の代理人にして欲しいと言われたので、敢えて異を唱えず、そのまま東京南鉄道管理局が起案した契約書に、村田と同行した同公社の職員が捺印した。

東京南鉄道管理局は、同局が売却する土地につき、最終的に当該土地を取得する地方公共団体が開発公社に右土地の先行取得を依頼した場合にも、開発公社から地方公共団体への財産移管の関係は単なる資金上の問題であり、買い主は地方公共団体であるとする発想から、開発公社を地方公共団体の代理人として契約書を作成するのが例であり、本件についても同様に扱ったものである。

(六) 茅ヶ崎市土地開発公社は公有地の拡大の推進に関する法律一〇条に基づいて設立された財団法人であり、茅ヶ崎市とは別個に、同市からの委託により公有地の取得等を担当しているところ、本件国鉄用地についても、茅ヶ崎市長からの要請により、茅ヶ崎駅周辺整備事業用地として先行取得するために買収することとし、昭和六〇年度事業計画の変更及び収支予算の補正を行って本件国鉄用地を取得する旨の議決をなし、旧国鉄から本件土地(一)・(二)の売買契約書が村田秀作に示された時点以後において、交渉の場にも加わった。その後、茅ヶ崎市土地開発公社宛に東京南鉄道管理局出納役発行の合計四億九五八一万四〇〇〇円の支払い請求書が送付され、茅ヶ崎市土地開発公社はその支払いをなしたが、昭和六〇年会計年度の茅ヶ崎市の予算には、本件国鉄用地取得の予算は計上されておらず、また同公社は、昭和六一年度の事業計画及び同年度予算に本件土地(一)・(三)の売却を計上して、理事会の議決を経て、昭和六一年八月二二日長谷川書店外二名との間に、売買契約を締結し、売り主を同公社とする売買契約書を作成し、同会社らから売買代金を受領した。なお、同公社は、茅ヶ崎市のために取得した土地について、本来はその所有権移転登記を同公社名義にした後、茅ヶ崎市名義にすべきところ、登録免許税を免れる目的で、従前から直接茅ヶ崎市名義にする取り扱いがされていた。

3  右1、2を総合考慮すれば、本件土地(一)・(二)の売買契約は、旧国鉄と茅ヶ崎市土地開発公社との間で締結されたものと認めるのが相当である。

すなわち、茅ヶ崎市土地開発公社は、公有地の拡大の推進に関する法律一〇条により設立され、普通地方公共団体である茅ヶ崎市とは異なる法人格を有し(同法一一条)、それゆえ独自の予算と権限を有するのであって、それが自らの資金により本件土地(一)・(二)の売買代金を支出し、更に自らの名義でこれを売却しているのであり、一方、茅ヶ崎市は、本件土地(一)・(二)の購入についてなんら予算措置を講じてもいないことからすれば、茅ヶ崎市と同公社との間においては、明らかに同公社が本件土地(一)・(二)の買い主であると認められる。また、売り主である東京南鉄道管理局は、前記認定のとおり、従前からも、その設立団体である普通地方公共団体のために、土地開発公社が旧国鉄から土地を買い受けようとする場合には、当該公社を契約当事者とはせずに、その土地を実質的に利用することになる普通地方公共団体を買い主とし、公社をその代理人とする取り扱いをしていたように、土地開発公社の法的性格についての認識不足があり、そのため、本件売買契約は当面同公社が買い主であるが、茅ヶ崎市と同公社とは実質的には同一の存在であり、同公社を介して最終的に茅ヶ崎市が所有権を取得することになるから、同市が究極的な買い主であるとの認識を有していたと認められる。

右のとおり、同公社は勿論、同管理局も、本件土地(一)・(二)は、茅ヶ崎市のために茅ヶ崎市土地開発公社が買い受けると認識して契約したと認められるから、本件における買い主は、同公社であると判断される。

このことは、本件土地(一)・(二)の売買契約書に、茅ヶ崎市土地開発公社を茅ヶ崎市の代理人とした記載があることと矛盾するけれども、右の記載は、既に述べたように、東京南鉄道管理局が普通地方公共団体と土地開発公社との法人格の違いについて十分認識しておらず、茅ヶ崎市と同市の出資により設立された茅ヶ崎市土地開発公社とは実質的に同一人格であり、茅ヶ崎市即茅ヶ崎市土地開発公社であるとの認識の下に、本件土地(一)・(二)が同公社を通じて最終的に茅ヶ崎市に帰属する以上、同公社が当面形式的には買い主となるが、究極的には茅ヶ崎市が買い主であると考え、本来の買い主である同公社をさておいて茅ヶ崎市を買い主として表示したことに由来すると解されるのであるから、この食い違いは右の判断を左右するものではない。結局、本件においては、売買契約書の記載を額面どおりに受け取ることはできない事情が存在したと認められる。まして、その後の解除通知及び訴訟提起において、国鉄清算事業団が茅ヶ崎市を相手としたことをもって、売買契約時点にさかのぼって、同市が本件売買契約の当事者であるとすることはできないし、茅ヶ崎市の市長をはじめ茅ヶ崎市の担当者が市議会等において、茅ヶ崎市が本件土地(一)・(二)を買い受けたことを前提とする答弁及び説明をし、国鉄清算事業団に対しても同様の対応をしているからといって、茅ヶ崎市が茅ヶ崎市土地開発公社に代わって本件土地(一)・(二)の売買契約の当事者となるものでないこともいうまでもない。

また、茅ヶ崎市が茅ヶ崎市土地開発公社に本件国鉄用地の先行取得を依頼したことから、本件土地(一)・(二)が茅ヶ崎市の行政目的実現の目的を持って取得されたとはいえても、そのための手段としての本件売買契約までが茅ヶ崎市と旧国鉄との間でなされたものということはできず、法律が特定の目的を実現するために設立を認め、法人格を付与した土地開発公社について、その設立主体である地方公共団体との関係を内部的なものであるとし、本件土地(一)・(二)の買い主が茅ヶ崎市であるとすることができないのは自明の理である。

以上認定の事実によれば、旧国鉄から本件国鉄用地を買い受けたのは茅ヶ崎市土地開発公社であり、かつ本件土地(一)・(二)の契約書にある用途指定に関する特約は架空のものであると認められる。

二  以上のとおり、茅ヶ崎市は本件土地(一)・(二)の売買契約を締結しておらず、本件土地(一)・(二)の売買契約が茅ヶ崎市土地開発公社と旧国鉄との間で締結されたこと及び本件土地(一)の転売をしたのは同公社であることが明らかであるから、原告らの主張する被告の財務会計上の行為はこれを認めることができず(なお、原告は、前記のとおり、本件土地(一)・(二)の売買契約と切り離して、茅ヶ崎市が本件和解金を支出したこと自体の違法性を問題にしておらず、同市が売買契約の当事者であることを前提にして、その転売行為等の約定違反を問題にしている。)、被告が、茅ヶ崎市に対して損害賠償債務を負担するいわれはないことになるので、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

なお、被告は、本訴は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟であるから、被告が財務会計上の行為をしていることが前提になるところ、本件土地(一)・(二)を旧国鉄から取得した買い主は茅ヶ崎市土地開発公社であり、茅ヶ崎市長たる被告は財務会計上の行為をしていない、よって本訴は不適法であり却下を求めると主張する。しかしながら、本訴は、前記のとおり、原告らが茅ヶ崎市に代位して、同市が本件土地(一)を買い受け、かつ、その売買契約の特約条項に違反して右土地を転売したことに起因する違約金の支払いにより、同市が被った損害につき、相手方である被告に対して損害賠償を求める請求であるから、同市が本件土地(一)の買い主であるかどうかは本訴における本案の要件事実であり、右の事実が認められない以上、右請求は失当であるから、これを棄却すべきものであって、本訴を不適法として却下すべきものではない。

また、被告は、原告らは本件について適式の住民監査請求を経ていないから本訴は不適法であると主張する。すなわち、本訴は前記のとおり、地方自治法二四二条の二第一項四号の怠る事実に係わるものであるが、原告らは茅ヶ崎市の損害賠償請求権の発生原因として本件土地(一)の転売行為の違法を主張しているのであるから、同法二四二条二項の期間は転売行為のなされた昭和六一年八月二二日から起算されるべきであり、本件住民監査請求は期間徒過により不適法であるというのである。

よって判断するに、一般に、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして同条一項の規定による住民監査請求があった場合に、右監査請求が、当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係わる請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年二月二〇日判決・民集四一巻一号一二二頁)。しかしながら、このように解すべき理由として、同条二項により、当該財務会計上の行為あった日又は終わった日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるからである、ということが指摘されていることに鑑みれば、右原則は、当該行為に基づいて右実体法上の具体的請求権が直ちに発生することを前提とした立論というべく、右一年の期間内に右実体法上の具体的請求権が発生しない場合には、右原則の例外とすべき特段の事情があるとして、右請求権の具体化した日を基準として同項を適用するのが相当であると解される。ところで、本訴請求は、昭和六一年八月二二日の前記転売行為に起因し、平成元年八月五日の和解により違約金債務が発生したとしてなされているものであるから、それについての監査請求が期間徒過によって不適法であるということはできない。

三  よって、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり、判決する。

(別紙)

〈省略〉

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